かわら版

□□51歳で見つけた人生初めての夢□□□□□□□□□□□□□□□□□


アホのチャンピオンベルト第6ラウンド

みのりの愛笑が歩んだ
「涙のアホベルトへの道のり」

<もう、2度と死のうなんて思わない>

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(前回までのあらすじ)

私が育った家庭は、
毎日の食事すらままならない程に貧しく、
酒乱の父がいたことから、近所でも村八分の状態でした。

もの心がつく頃から私には友達もおらず、
いじめられてばかりの日々を過ごしていましたが、
父だと思っていた祖父の死を期に、
私は赤ん坊の時に母親に棄てられていたことを知りました。

それと同時に、
一家が稼ぎ手を失ってしまったことから、
中学1年生にして勉学を諦め、
漁師をすることになったのです。

船酔いでのた打ち回り、
仕事の出来ない私は、
一緒に漁に出た叔父から殴られて、
毎日半殺しにされていました。

その頃は、完全に生きる意味を見失い、
毎晩、枕の下に隠した果物包丁で、
自分の胸を突き刺すことばかり考えていましたが、
いつも、あとちょっとの所で実行できずにいました。

そんな、夢も希望も失ってしまったある日、
漁に出ていた私の前にUFOが現れたのです。

しばらく目の前を飛んだUFOは、
そのまま姿を消してしまいましたが、
私は、きっと、自分を励ましに来てくれたんだと思い、
「生きていればいいことがあるはず」と、
前向きに人生を生きようと思うようになりました。

それから、なぜか、
私が「ここだ!」と思った場所に網を入れると、
大漁になることが続き、貧乏だった家庭は
一気に裕福になっていきました。

毎回、魚を満載して帰港する叔父に、
港の漁師仲間達が魚が取れる場所を教わろうと
集まるようになりましたが、
叔父は彼らにウソの情報を流しました。

私たちは、益々、嫌われ者になっていきました。

ご飯はお腹一杯食べられるようになりましたが、
わずかなお給料ではボロアパートの家賃にすらなりませんでした。

「一日も早く、この家を出て行きたい」

その頃、私は、19歳になっていました。

(ここからが今回の内容です)

この頃になると、叔父の事はさておき、
私自身への周りの見る目も変わっていたように思います。

当時、私は町の青年団に参加していて、
街を元気付けるサークルの実行委員長をしていました。

実際には出逢いを求める男女の集まりなのですが、
街の成人式も自分達で企画したり、
それなりに積極的な活動をしていました。

会合は町民センターで行っていて、
私はそこで顔を合わせる、ある女性に夢中でした。

彼女は、同じ町民センターを拠点に活動している
ボランティアサークルに参加している、
1歳年上の女性です。

容姿も抜群で、
家柄も良いことから地元では憧れの存在でした。

そんな彼女が、ある日、
私に声をかけてくれたのです。

それが、どんな言葉だったのか、
今では思い出すことが出来ません。

それまでの人生で、女性から話しかけられた経験のない私は、
ただ、ただ本当にびっくりして頭の中も真っ白でした。

帰りがたまたま同じ方向だった私たちは、
それをきっかけに話したり、
一緒に帰ったりするようになったのです。

それから、間もなく、
私は彼女から衝撃の告白をされました。

「あなたが好きです」

彼女の突然の告白に、
私は躊躇することなく
「実は俺も好きだった」と、
勇気を出して伝えました。

めっちゃ感動してしまい、
体中がしびれました。

そして、お付き合いが始まったのです。

彼女が、昔、私が、いじめられていた事を
知っていたのかどうかは分かりませんでした。

私も、その頃には、
自分に学歴がないことや、
村八分だった事について、
気にしてはいませんでした。

自慢話みたいでごめんなさい。
本当に、死ななくて良かったと思います。
中学の時に見たUFOが人生を変えてくれたのです。

彼女と一緒にいるのは殆どが車の中で、
私たちは果てしなく色々なことを話しました。

口では真面目なことを話していた私でしたが、
頭の中はエッチな事ばかり浮かんできて大変でした。

私にとっては人生がひっくり返るような大問題です。

「本当に好きな人とエッチできるんじゃないか?」

最初に会ったときから、
私は彼女との結婚を意識していました。

しかし、叔父さんと一緒に漁をしていては、
結婚が出来ません。

そこで、独立しようと思うようになったのです。

「好きな人が出来て、
お金を貯めて結婚したい」

恋愛感情を持てた人は生まれて初めてで、
私にとっては、
とてつもなく好きな人でした。

早速私は、
漁協の後継者育成制度を利用して、
小さな船と網を買いました。

助成と融資でお金が都合できたのです。

小さい船では岸が見えるくらいまでしか
行けませんでしたが、魚は沢山とれました。

「ただ、ただ彼女と結婚したい」

朝から晩まで働いても幸せの絶頂だった私は、
以前は、30日働いて3000円、
1日あたり100円しか貰えなかったのが、
自分で漁をするようになると
1日1万円も稼げるようになっていました。

そして、月3000円で浜の近くで部屋を借り、
一人暮らしを始めたのです。

雨漏りするようなボロボロの小屋で、
銭湯の裏にくっついている建物でした。

彼女が現れるのを待つ時間は、
時が経つのが長くて、長くて、
すごく、辛く感じたのを覚えています。

そして、
彼女が来る日には、
なぜか、
隅々まで掃除をしたり、
ふとんを替えたり、
カーテンを替えたり、
がらにもなく花を買って、
部屋を飾ったりしたのでした。

そこに、仕事の後、
彼女が遊びに来てくれるのです。

夜の9時から、
船が出る深夜12時までのわずかな時間が、
私にとっては何ものにも替えがたい貴重な瞬間でした。

彼女との結婚に向けて、
ご両親にも賛成してもらえるように
私は思いつく限りの努力をするようになりました。

「漁師の俺と結婚したんだから、
これだけ幸せになれたんだ」

そう、証明できるように頑張ろう。

私自身、いじめや中学中退という経験は辛かったので、
生まれてくるだろう子供には同じ想いを
味合わせたくないと思いました。

しかし、彼女のご両親、ご家族、親戚一同は、
いくら漁師として頑張ってみても、
私との結婚には、完全拒否、絶対反対の立場で、
何をやっても想いは通じませんでした。

そして、次第に、外出すらも
許されなくなってきたのです。

それでも、彼女は、
ご両親の目を盗んでは
逢いに来てくれたのでした。

私は、なぜ、こんなに反対されて、
きつい事を言われるんだろうと思いました。

そして、どんなに苦労しても
絶対に認めてもらおうと思いました。

2人でいる時に、
彼女が両親から反対されて
泣いている姿を見るのは
とても辛かったです。

それでも、涙ながらに

「私はあなたが働いている姿が好きなので、
絶対に、乗り越えていきたい」

そう、彼女に励まされるたびに、
すごい勇気が湧いてきました。

それまで、私のことを「情にもろい泣き虫」だと
思っていたのは知っていましたが、
信じてもらえたことで、
私の中にとてつもない力が湧いてきました。

夫婦になって胸が張れるようにしたいと思いました。

解決策はまったく見当たりませんでしたが、
どんなに苦しくても、今回は死のうとはもう思いませんでした。

<つづく>

(次回はこちらの内容をお届けします)

「漁師の弁論大会で優勝すれば、
ご両親に認めてもらえるかもしれない」



愛笑コメント
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信じてもらえることで発揮できる力って、
本当にスゴイと思います。

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