かわら版
アホのチャンピオンベルト第11ラウンド
みのりの愛笑が歩んだ
「涙のアホベルトへの道のり」
<あなたから買うなら値段は関係ないよね>
***************
(これまでの内容)
私の幼少期は、
食べるものにもこと欠くぐらいに貧乏な上に、
近所の子供たちいじめられ、さらには、
親から虐待される毎日。
中学に入ると、毎日、
死ぬ事ばかりを考えていました。
ところが、そんなある日、
漁に行く最中にUFOに出逢ってからは、
何をやっても上手くいくようになり、
お金にも不自由しなくなったのです。
それからは、多少の苦労はしましたが、
若くして沢山の夢を叶えました。
しかし、27歳の時に騙されて全財産を失い、
街にもいられなくなりました。
再び死のうかとも考えましたが、
最後に、もう1回だけ頑張ろうと札幌に出てきて、
職を点々とするうち、
不思議な女性オーナーにあって、
自分がやるべき仕事を探し始めたのです。
前回の内容はこちらにございます。
http://r.goope.jp/taisyo/info/32978
(ここからが今回の内容です)
<NTTの子会社に入社?>
女性オーナーとの約束で
読売新聞の営業の仕事を1日で辞めた私は、
再び新聞の求人欄で次の仕事を探すことにしました。
そして、見つけたのが
NTSという電話の加入権を売る会社です。
正式名称「日本(N)テレホン(T)サービスセンター(S)」
街を歩きながら電話のついていない家を探し、
電話をつけてあげる仕事です。
裁判所で差し押さえられていた加入権を、
1万円か2万円で仕入れて72800円で売るビジネス。
契約1つにつき代行手数料8000円と2万円のコミッションで、
合計2万8000円をもらうことが出来ます。
住民票があったおかげで無事に面接も合格した私は、
1月11日に入社することが出来ました。
NTSの札幌事務所は、
インチキ換気扇の会社とは違って、
ちゃんとした会社でした。
私は「NTTの子会社に入れた!」と思って、
思わず喜んでしまったのですが、実は、
まったく違うくことにすぐ気づきました。
理由は、あたかもNTTから来た風に
装うのがミソだと教わったからです。
「日本テレホン代行サービスです、
この地区の担当になりましたので、
電話の設置を代行に来ました」
そういうと、本当に、
お客さんは信用してくれました。
<NTTだと思ってもらえるように>
さらに、私はNTTに行って、
NTTのロゴが入ったファイルとボールペンを
沢山もらってきてお客さんの目に止まるように
使うようにしました。
ファイルとボールペンはタダでもらうことが出来たのです。
駄目押しには、
自分のお金でテレホンカードを10枚くらい買っておいて
書類なんかと一緒に挟んでおきました。
口で「NTTです」といったらまずいので、
勝手にNTTだと思ってもらえるようにしたのです。
それは会社には内緒にしていました。
毎日午後1時に出社して朝礼が終わると、
会社で営業トークを教わりロールプレイングを練習します。
しかし、フルコミの採用だった私は参加が自由だったこともあり、
独自の営業方法でチャレンジすることにしました。
「この地区を担当しています。
電話のついてない家庭につけてさしあげています」
そう教わったとおりいっても、
心に響かないと思ったのです。
そこで、何をやったかというと、
毎日の出社前に電話のついてない家を探しておいて、
午後には無駄なくどんどん訪問できるようにしました。
電信柱から線が引かれていない家は
電話がついていないので探すのは簡単でした。
<汗だくになって>
しかし、それだと効率が悪いなと思うようになり、
新築のアパートやマンションを探して営業することにしたのです。
そして、お引越最中の人を見つけて、まずは、
自ら汗だくになって一生懸命手伝いました。
それから、ひざを突き合わせて、
「電話ついてないですよね」と話すと、
ほぼ100%で契約をしてもらえるのです。
書類を出すときには、契約書の名前に
隣の人が入っているのを見えるようにしました。
「あ、隣の人も入ってくれたんです」
そう、気づいてもらえるようにしたのです。
そうすると、1棟まるごと契約が取れたりして、加入権以外に、
手数料だけで1日10万円くらいになることもありました。
契約手数料は会社に渡さなくても良いという
ことになっていたので、そのまま全部収入になります。
この他にも1件2万円のコミッションを
お給料としてもらいました。
そんなことをやっていると、
他の営業マンの平均のお給料が20、30万円という中で、
最初の月のお給料が手取りで130万円位になりました。
成績は日本1位。
「当たり前のことをしているだけだ」
そう思っていたのでびっくりでした。
本当に嬉しかったです。
発表されるまで、会社の中でランキングを
つけていることも知りませんでした。
NTSには全国で200名くらいの営業マンがいて、
1位から3位までは賞金が出ました。
1位が50万、2位が30万、3位が10万。
その場で支給されて、また、ビックリです。
<あなたから買うなら値段は関係ないよね>
飛び込みがうまくいったのは、
真言宗のお寺のご住職から「営業のコツ」を教えてもらったのが
その理由かもしれません。
以前、漁師をやめて魚の行商を始めたものの、
どうすればいいか分らなくて悩んだことがありました。
その時、このご住職の噂を聞いて
横浜まで会いにいったのです。
「あなたが魚の行商をするときに、
あなたは魚を売っているのか、
あなたを売っているのかどっちですか?
お客さんは、あなたのどこを見ていると思いますか?」
このように聞かれましたが、
私には分りませんでした。
「お客さんは、あなたの背中を見ているんですよ。
断られた時に、バタンと戸を閉めて返る人と、
お話を聞いてくれてありがとうございましたという人がいる。
それは、心を売っているんだよね」
そう教えてもらいました。
この話を覚えていたので、断られた時に、
扉の向こうから「ありがとうございました」と
一礼をするようにしていたのです。
実際、それで、呼び止められて
本当に契約になったこともありました。
魚を売っている時にも値段を上げることが出来ました。
「あなたから買うなら値段は関係ないよね」
それが、ご住職のアドバイスでした
<仙台行き>
NTSの仕事は2ヶ月目が全国2位、
3ヶ月目が再び全国1位でした。
すると、大阪の本社から社長が
北海道まで会いにきてこういったのです。
「仙台に営業所を出すので行って欲しい。
経費は会社で全部持つ。役職は課長だ。
是非、よろしく頼む」
こうして、私は仙台へ行くことになりました。
「自分でも出来るんだ」と思って、
仙台行きの話はとても嬉しかったです。
「もしかしたら、すごいことになるかもしれない。
これは、なすがままに行ってみよう」
仙台についてみると4月は雪も無くて、
バイクで動けたことが幸いでした。
そして、行った月から、また、日本1位。
預金残高も500万円を越えました。
ただ、最初の話と違って、
仙台では北海道から一緒に来ていた支店長が、
私のアパートで一緒に暮していたのが、
少し、気になっていました。
社長に相談すると、びっくりして、
すぐに仙台にやってきました。
そこで、支店長が会社のお金を流用していたことや、
ウソを言って私のアパートに住んでいたことが発覚。
社長は激怒していましたが、
私は支店長が自分に寄生しているのを見て、
やる気がなくなってしまいました。
「これは、続けられない」
私はNTSを辞めることにしました。
<般若心経を唱えて>
すごいお金がもらえたり、
日本一になれたのはワクワクしましたし、
ありがたかったのですが、
心のどこかでは「このままでいいんだろうか、
自分が本当にやりたいことを見つけよう」という
気持ちもありました。
それでも、一度は地獄に落ちて
飢え死にしかかっていたのを
女性オーナー、ご住職のおかげで
短期間で落ち着く事ができたこと
NTSが拾ってくれたことには感謝で一杯でした。
「今は、目に見えないものへの
お礼参りが必要かもしれない。
しばらくは、静かに般若心経を唱えて
これからのことでも考えてみよう」
そう思って、仙台にある真言宗のお寺で
托鉢をすることにしました。
托鉢をやろうと思ったのは、
私が和歌山の奥の院、高野山のお経が
なぜか大好きだったからです。
「営業のコツ」を教えてくれたご住職も、
真言宗の方でした。
お寺に相談すると、すぐに、
古い家を1ヶ月3000円で
貸してくれる人を見つけてくれました。
そこで、寝泊りしながら
般若心経を唱える日々を始めたのです。
1984年、28歳のことです。
<つづく>
アホのチャンピオンベルト第12ラウンド~「伊勢の風を感じた特別編」
みのりの愛笑が歩んだ
「涙のアホベルトへの道のり」
<あなたから買うなら値段は関係ないよね>
***************
(これまでの内容)
私の幼少期は、
食べるものにもこと欠くぐらいに貧乏な上に、
近所の子供たちいじめられ、さらには、
親から虐待される毎日。
中学に入ると、毎日、
死ぬ事ばかりを考えていました。
ところが、そんなある日、
漁に行く最中にUFOに出逢ってからは、
何をやっても上手くいくようになり、
お金にも不自由しなくなったのです。
それからは、多少の苦労はしましたが、
若くして沢山の夢を叶えました。
しかし、27歳の時に騙されて全財産を失い、
街にもいられなくなりました。
再び死のうかとも考えましたが、
最後に、もう1回だけ頑張ろうと札幌に出てきて、
職を点々とするうち、
不思議な女性オーナーにあって、
自分がやるべき仕事を探し始めたのです。
前回の内容はこちらにございます。
http://r.goope.jp/taisyo/info/32978
(ここからが今回の内容です)
<NTTの子会社に入社?>
女性オーナーとの約束で
読売新聞の営業の仕事を1日で辞めた私は、
再び新聞の求人欄で次の仕事を探すことにしました。
そして、見つけたのが
NTSという電話の加入権を売る会社です。
正式名称「日本(N)テレホン(T)サービスセンター(S)」
街を歩きながら電話のついていない家を探し、
電話をつけてあげる仕事です。
裁判所で差し押さえられていた加入権を、
1万円か2万円で仕入れて72800円で売るビジネス。
契約1つにつき代行手数料8000円と2万円のコミッションで、
合計2万8000円をもらうことが出来ます。
住民票があったおかげで無事に面接も合格した私は、
1月11日に入社することが出来ました。
NTSの札幌事務所は、
インチキ換気扇の会社とは違って、
ちゃんとした会社でした。
私は「NTTの子会社に入れた!」と思って、
思わず喜んでしまったのですが、実は、
まったく違うくことにすぐ気づきました。
理由は、あたかもNTTから来た風に
装うのがミソだと教わったからです。
「日本テレホン代行サービスです、
この地区の担当になりましたので、
電話の設置を代行に来ました」
そういうと、本当に、
お客さんは信用してくれました。
<NTTだと思ってもらえるように>
さらに、私はNTTに行って、
NTTのロゴが入ったファイルとボールペンを
沢山もらってきてお客さんの目に止まるように
使うようにしました。
ファイルとボールペンはタダでもらうことが出来たのです。
駄目押しには、
自分のお金でテレホンカードを10枚くらい買っておいて
書類なんかと一緒に挟んでおきました。
口で「NTTです」といったらまずいので、
勝手にNTTだと思ってもらえるようにしたのです。
それは会社には内緒にしていました。
毎日午後1時に出社して朝礼が終わると、
会社で営業トークを教わりロールプレイングを練習します。
しかし、フルコミの採用だった私は参加が自由だったこともあり、
独自の営業方法でチャレンジすることにしました。
「この地区を担当しています。
電話のついてない家庭につけてさしあげています」
そう教わったとおりいっても、
心に響かないと思ったのです。
そこで、何をやったかというと、
毎日の出社前に電話のついてない家を探しておいて、
午後には無駄なくどんどん訪問できるようにしました。
電信柱から線が引かれていない家は
電話がついていないので探すのは簡単でした。
<汗だくになって>
しかし、それだと効率が悪いなと思うようになり、
新築のアパートやマンションを探して営業することにしたのです。
そして、お引越最中の人を見つけて、まずは、
自ら汗だくになって一生懸命手伝いました。
それから、ひざを突き合わせて、
「電話ついてないですよね」と話すと、
ほぼ100%で契約をしてもらえるのです。
書類を出すときには、契約書の名前に
隣の人が入っているのを見えるようにしました。
「あ、隣の人も入ってくれたんです」
そう、気づいてもらえるようにしたのです。
そうすると、1棟まるごと契約が取れたりして、加入権以外に、
手数料だけで1日10万円くらいになることもありました。
契約手数料は会社に渡さなくても良いという
ことになっていたので、そのまま全部収入になります。
この他にも1件2万円のコミッションを
お給料としてもらいました。
そんなことをやっていると、
他の営業マンの平均のお給料が20、30万円という中で、
最初の月のお給料が手取りで130万円位になりました。
成績は日本1位。
「当たり前のことをしているだけだ」
そう思っていたのでびっくりでした。
本当に嬉しかったです。
発表されるまで、会社の中でランキングを
つけていることも知りませんでした。
NTSには全国で200名くらいの営業マンがいて、
1位から3位までは賞金が出ました。
1位が50万、2位が30万、3位が10万。
その場で支給されて、また、ビックリです。
<あなたから買うなら値段は関係ないよね>
飛び込みがうまくいったのは、
真言宗のお寺のご住職から「営業のコツ」を教えてもらったのが
その理由かもしれません。
以前、漁師をやめて魚の行商を始めたものの、
どうすればいいか分らなくて悩んだことがありました。
その時、このご住職の噂を聞いて
横浜まで会いにいったのです。
「あなたが魚の行商をするときに、
あなたは魚を売っているのか、
あなたを売っているのかどっちですか?
お客さんは、あなたのどこを見ていると思いますか?」
このように聞かれましたが、
私には分りませんでした。
「お客さんは、あなたの背中を見ているんですよ。
断られた時に、バタンと戸を閉めて返る人と、
お話を聞いてくれてありがとうございましたという人がいる。
それは、心を売っているんだよね」
そう教えてもらいました。
この話を覚えていたので、断られた時に、
扉の向こうから「ありがとうございました」と
一礼をするようにしていたのです。
実際、それで、呼び止められて
本当に契約になったこともありました。
魚を売っている時にも値段を上げることが出来ました。
「あなたから買うなら値段は関係ないよね」
それが、ご住職のアドバイスでした
<仙台行き>
NTSの仕事は2ヶ月目が全国2位、
3ヶ月目が再び全国1位でした。
すると、大阪の本社から社長が
北海道まで会いにきてこういったのです。
「仙台に営業所を出すので行って欲しい。
経費は会社で全部持つ。役職は課長だ。
是非、よろしく頼む」
こうして、私は仙台へ行くことになりました。
「自分でも出来るんだ」と思って、
仙台行きの話はとても嬉しかったです。
「もしかしたら、すごいことになるかもしれない。
これは、なすがままに行ってみよう」
仙台についてみると4月は雪も無くて、
バイクで動けたことが幸いでした。
そして、行った月から、また、日本1位。
預金残高も500万円を越えました。
ただ、最初の話と違って、
仙台では北海道から一緒に来ていた支店長が、
私のアパートで一緒に暮していたのが、
少し、気になっていました。
社長に相談すると、びっくりして、
すぐに仙台にやってきました。
そこで、支店長が会社のお金を流用していたことや、
ウソを言って私のアパートに住んでいたことが発覚。
社長は激怒していましたが、
私は支店長が自分に寄生しているのを見て、
やる気がなくなってしまいました。
「これは、続けられない」
私はNTSを辞めることにしました。
<般若心経を唱えて>
すごいお金がもらえたり、
日本一になれたのはワクワクしましたし、
ありがたかったのですが、
心のどこかでは「このままでいいんだろうか、
自分が本当にやりたいことを見つけよう」という
気持ちもありました。
それでも、一度は地獄に落ちて
飢え死にしかかっていたのを
女性オーナー、ご住職のおかげで
短期間で落ち着く事ができたこと
NTSが拾ってくれたことには感謝で一杯でした。
「今は、目に見えないものへの
お礼参りが必要かもしれない。
しばらくは、静かに般若心経を唱えて
これからのことでも考えてみよう」
そう思って、仙台にある真言宗のお寺で
托鉢をすることにしました。
托鉢をやろうと思ったのは、
私が和歌山の奥の院、高野山のお経が
なぜか大好きだったからです。
「営業のコツ」を教えてくれたご住職も、
真言宗の方でした。
お寺に相談すると、すぐに、
古い家を1ヶ月3000円で
貸してくれる人を見つけてくれました。
そこで、寝泊りしながら
般若心経を唱える日々を始めたのです。
1984年、28歳のことです。
<つづく>
アホのチャンピオンベルト第12ラウンド~「伊勢の風を感じた特別編」




