かわら版
アホのチャンピオンベルト第3ラウンド<自殺を試みるも赤と緑のUFOに救われる>
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<前回までのあらすじ>
私は新冠の小さな漁村で幼少期を過ごしたのですが、
いつも近所の子供たちからいじめられていました。
家の中では父親が暇さえあれば酒を飲んで暴れており、
近所の人たちからは村八分状態で、
いつもひたすら泣いてばかりの少年時代を過ごしていました。
そんな私が中学に入ったある日の事、
父親が突然亡くなってしまったのです。
お通夜には、近所の人も、
同級生も誰一人焼香に現れませんでしたが、
親戚に混じって見知らぬ女性が会場の隅に座っていました。
なぜか、気になって「あれは誰なの?」と母に聞いてみると、
「お前の本当の母親だよ。お前は捨てられたんだ」と、
私は、突然、衝撃の事実を告げられたのでした。
死んだと思っていた父は、
実は私の祖父だったのです。
そして、母親だと思っていたのは、
私の祖母だったのでした。
私はいても立ってもいられなくなり、
その女性に「なぜ、自分を捨てたのか?」を聞こうとしたのですが、
既にその場から姿は無くなっていたのでした…。
<ここからが、今回の内容です>
祖父が死んでから、
私は、実の母に育ててもらえなかった寂しさや、
自分を捨てた理由を直接話してもらえなかったことへの疑問で、
毎日、悲しくて、苦しくて、またもや朝から晩まで
一人泣いて過ごしていました。
(それまでは母だと思っていた)祖母から言われた
「本当の母親はお前を育てるのを放棄したんだ」
という言葉が耳に焼きついて一瞬も離れることはありませんでした。
父の死から1週間の喪が明けた日の深夜、
初めてランチジャーのお弁当が
私のために用意されました。
それを見て
「ああ、これは船に乗れということなんだ」
と直感で分かりました。
漁は深夜から早朝にかけて行われます。
祖父のいない現在、私も、
働かなければならなくなったのです。
こうして、私は中学1年生にして船乗りになり、
漁師生活が始まりました。
しかし、船酔いがひどくてまったく仕事になりません。
役に立たないので、一緒に船にのっていた叔父からは
石や漁具で毎日ボコボコに殴られました。
叔父は口下手で、
教え方が分からないので、
何かにつけて私を殴るのです。
たとえば、単語で「アミタケ!」と言われます。
これは、
「網を船に積んで漁の用意をしろ」
という意味なのですが、
言葉より先に殴られるので、
次第に、頭より先に
身体が反応するようになりました。
いつしか、私はヘルメットを手放せなくなり、
船に乗っている間中、ブルブルと震えながら
仕事を覚えていきました。
漁が終わるのは早朝で、
陸に上がっても、
めまいがして歩けません。
学校に行っても起きていられないので、
益々孤立し、楽しみだったそろばんにも行けなくなりました。
その頃から、私は、枕の下に
包丁を入れて眠るようになりました。
「チャンスがあったら死のう」と思って、
果物包丁を秘かに買ってきていたのです。
「この包丁で心臓を一突きすれば一瞬で楽になれる」と、
暗闇の中、両手で包丁を逆さに持ったことが何度もありました。
母に捨てられ、
育ててもらえなかったために、
中学1年にして漁師になり、
みんなが遊んでいる時に仕事をして、
学校にも行けず、友達もおらず、
ただ、死ぬことだけを考えていました。
どうやったら楽に死ねるのだろうか…?
次第に学校にも行かなくなり、
一人で近くの山に登ってパンをかじりながら
学校を見つめる時間が増えていきました。
そうこうしているうちに、
ふと、本当の父親はどんな人だったんだろう?と
思うようになり、役所に行ったら、
やはり養子でした。
今になってみると思い出すのは怖いのですが、
戸籍を見せられて自分の本姓が「浦田」という
名前であることが分かりました。
「石崎」ではなく
「浦田」というのが
本当の名前だったのです。
私は、「浦田」という、
行方の知れない親の姓を示す2文字を
腹立たしい思いで見つめていました。
そして、次の瞬間、運動会や学芸会に
両親(だと思っていた祖父と祖母)が来なかったのは、
捨て子の親であることが恥ずかしかったんだと、
色んな記憶が、走馬灯のように
バチーン!とつながったのでした。
捨てられた自分に張り付いている
「浦田」という馴染みのない名前。
船酔い、殴られ、貧しく、村八分、友達もおらず、
全部、捨てられたせいだと思いました。
「なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ?!」
でも、誰にも相談できずにいました。
心臓を一突きすれば何もかもが全部終わる…。
私は、益々、暗い少年になっていきました。
すると、それまでは余り話すことも無かった近所の人たちが、
私の姿が異様だったのか、慰めに来てくれるようになりました。
「お前は、おばちゃんが生後2ヶ月で引き取って
色んな工面をして育てたんだよ」
「じいちゃんも丹前の中に入れたり、
おばあちゃんもどこに行くのでも
優しく守ってくれていたんだよ。
だから、そんなに落ち込むんじゃない…」
しかし、その慰めは言われれば、言われる程、
逆に心は苦しくなりました。
母がいないという現実が余計大きくなり、
嫌が応にも自分に向き合わなくてはならなかったのです。
そして、何度も、包丁を逆手に持ったのですが、
結局は、死に切れませんでした。
希望も夢も無い、
絶望の毎日。
死ぬ勇気もない自分。
毎日を、無気力状態で過ごしていました。
家では、叔父が酒を飲んで愚痴ったり、奥さんと
喧嘩をしたりしていました。叔父は、外で喧嘩があると、
短刀を持って出かけることもありました。
それから、何日か後、天気が急変して海が時化(しけ)、
私は波に飲まれて船から落ちてしまいました。
その時、私は「かっぽれ」という、
魚のぬるぬるを取るための海水を汲むバケツを持って、
フラフラと甲板を歩いていたのです。
ドーン!と暗闇の海に落ちた瞬間、
スーッと波にさえぎられて船が見えなくなり、
私は暗闇に吸い込まれていきました。
荒れる海に溺れそうになりながら
「来るべき時が来た。
このまま自分は天国に行くんだな」
と思いました。
すると、ロープが飛んできて
バーン!と私の顔をひっぱたいたのです。
たまたま、船長が私が海におちるのを
見ていてくれたのでした。
そして、私は無意識のうちにロープをつかんで、
ひっぱりあげられたのです。
あんなに死のうと思っていたのに、
生きようとして手を伸ばしたことが
自分でも信じられませんでした。
ロープに手を伸ばさなかったら
死んでいたはずなのに、
なぜ、この苦しみが続くのに
生きようとしたんだろう…?
そんな事が、まだ、自分の中で消化できていなかった、
ある静かな夜、不思議な出来事に出会いました。
その時、私は甲板に出て星空を眺めていました。
これから漁場に向う船は、
おだやかに波の上を滑っています。
星を見ながら「何て綺麗なんだろう」と
私は我を忘れてしまっていました。
海で見る星空は、
街の明かりがないので
とっても綺麗に見えるのです。
その時、突然、緑と赤の光が目に入ってきました。
そして、何かを物語るかのように、
ピュッピュと飛んだのです。
「何だ?」
私は、びっくりして訳が分かりませんでした。
それでも、しばらくピュッピュッと赤と緑の光が
動いているのを見て「これはUFOだ!」と思ったのです。
「間違いない!
絶対に存在しないと思っていたのに、
ああ!本当にいるんだ!
俺を迎えにきたのかな?
さらわれるのかな?」
UFOを見ながら、
私は、何だか楽しい気持ちがしてきました。
陸に戻っても、
そのUFOの事が
私の頭から離れませんでした。
何かのメッセージを自分に伝えにきたんだと思いました。
そして、
「死ぬのはいつでも出来る。
生きていたら、なんか、
いいことあるんじゃないか」
と思ったのです。<つづく>
次回は祖母のつくってくれたカレーの美味しさに涙が出ました




