かわら版

□□51歳で見つけた人生初めての夢□□□□

アホのチャンピオンベルト第4ラウンド
みのりの大将が歩んだ
「涙のアホベルトへの道のり」

祖母が作ってくれたカレーの美味しさに涙が出た

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

<前回までのあらすじ>

私は新冠の漁師の家で祖父と祖母に育てられましたが、
友達もおらず、いじめられっこで、
「ミッチーガソリン」といわれるほど、
泣いてばかりの幼少期を過ごしました。

祖父が酒飲みで仕事をしなかったことから、
食べることすらままならない程家は貧しく、
酔っ払っては暴れてばかりいたので、
近所の人達からも嫌われていました。

「自分が赤ん坊の時に母に捨てられた(;д;)」

という事実を知ったのは、
中学1年生の時に祖父が死んだことがきっかけです。

稼ぎ頭を失ったことから、
私もすぐに叔父と漁に出ることになりましたが、
船酔いに苦しむ上、毎日、叔父からは
ボコボコに殴られていました。

捨て子という事実に打ちのめされていた私は、
夜ごと果物包丁を胸に突き立てて自殺を試みるなど、
生きていても仕方が無いという気持ちで
日々を過ごしていました。

そんなある日のこと、
ふとしたことから赤と緑の光に輝く
UFOに遭遇したのです。

何のメッセージを伝えにきたのだろうと考えるうちに
「死ぬのはいつでもできる。生きていれば良いことがあるかも」と、
私は自分の人生に初めて希望を持つ事ができたのでした。

<ここからが今回の内容です>

UFOを見た瞬間のことは、
私の脳裏に焼きついていて、
しばらくは一瞬も頭から離れませんでした。

そして、次の日も、次の日も
「今日もUFOに会えるかな?」と、
期待して漁に出るようになったのです。


「あれは何だったんだろう?
また、何かのメッセージを届けに来てくれるのかな?」

と思うと、辛かった毎日が、
なぜだか楽しくなってきました。

船酔いもせず、体も軽くなり、
「学校も行けなくてもいいんだ」
と思うようになりました。

更に不思議なことに、
漁に出ていると

「これから(どんな種類の)魚がここを通る。
今だ、網を入れろ!」という、海の神様からの
メッセージのようなものを肌で感じるようになったのです。

そこで、船長だった叔父の指示ではなく、
自分のタイミングで網を海に入れるようにしました。

叔父から「トモオヨーイ」(投網用意)と言われても、
「はい」と返事だけして、じっと息を殺して
タイミングを待つようになりました。

海の底がクッキリと見えるような気がするので、
「ここだ!」と思った所に網を入れて、
3日・4日後の夜に引き上げに行くのです。

暗闇の海の上で、
海面にライトをあてながら
機械のドラムで網を巻き上げていくと、
魚のウロコに光が反射して、
海面が真っ白に浮かび上がってきます。

「キター!v(≧∇≦)v」

それを見るたび、
宝くじ当たったみたいな気がしました。
山盛りの魚が網に入っているのです。

実際、以前の4・5倍の魚が、
毎回、面白いように獲れました。


その頃から、
一気に叔父は裕福になり、
生活も変わりました。

一方の私は、
ずっと月給3000円でしたが、
ご飯がお腹一杯食べられることが
嬉しくてしょうがなかったです。

カニが沢山獲れた時、
祖母がカニの身をたっぷり入れた
カレーを作ってくれたのですが、
美味しくて涙が出たのを覚えています。


叔父の船ばかりが魚が獲れるようになると、
地元の漁協組合の雰囲気がガラリと変わりました。

皆が、叔父の行動に注目し、
同じ場所に網を入れようとしたのです。

ところが、叔父は、
自分さえ良ければいいという人でしたので、
漁協仲間に対して「あそこは獲れる」と、
嘘の情報を流すようになりました。

無線で嘘の情報を仲間にいっているのを聞くたび、
悲しくて、私は涙が出てきました。ヽ(TдT)

叔父は一気に信頼を失い、
村八分の状態になりました。

以前とは違った意味で肩身が狭く、
「みんなを騙して自分たちだけが得をしている」と思うと、
ご飯が喉を通らなくなりました。

あと、叔父は、裕福になっても
酒を飲んでは奥さんに絡んで喧嘩をしていました。

ある時は、赤々とコークスが燃えている煙突ストーブに
奥さんを投げ飛ばして大やけどを負わせたり、
散々な暴れようでした。

そんな毎日を過ごしながら、
私は19歳になろうとしていました。
身体は大きくなっていましたが、
いつも怖くて小さくなっていました。

一度だけ、叔父に
「小遣いをあげてくれ」といったことがありましたが、
「飯を食わしているだろう!」と、
殴られて終わりでした。

メソメソはしませんでしたが、
どうせ勝てないと思っていたので、
ただ、身体を固くして叔父の気が済むのを待っていました。

自殺願望は無くなりましたが、
「はやく、ここを出て行きたい」と、
ひたすら願う毎日。

そんなある日、
生まれて初めて、
村八分の私にも、
やさしく声をかけてくれる女性が、
目の前に現れたのですv(≧∇≦)v 。

<つづく>

=大将コメント=

嘘は良くないですよね。
当時の叔父の姿を思い出すと、
いまだに胸が苦しくなります。

でも、嫌な事を乗り越えれば、
次は必ずいい事があるので、
人生は本当に不思議です。

<次回 アホの特別編「イスラエルに行って更にアホな生き方を貫くことを決意しました」>


アホのチャンピオンベルト